14.04.24
ものがたり在宅塾 セミナー篇「誤嚥防止手術と喉頭蓋管形成術」
ものがたり在宅塾 セミナー篇 2014/4/4
やさしく学ぼう、口から食べるための
「誤嚥防止手術と喉頭蓋管形成術」
浜松リハビリテーション病院
えんげと声のセンター 金沢 英哲 先生
摂食嚥下障害は飲み込みの後も口腔に食塊が残り、時間が経つと喉頭侵入から誤嚥となります。しかし敏感にむせが起きず、誤嚥したものが肺に流れて行ってしまいます。食道はいつも閉じていて、嚥下する瞬間だけ開いてすぐ閉じます。咽頭に残留が多いと、間口の広い気道の方へ流れていくことは自明の理です。
嚥下機能外科の手術は、声を残しながら飲み込みやすくする嚥下機能改善手術と、声は失うけれど誤嚥しなくなる誤嚥防止手術に分類されます。今回は「誤嚥防止手術」を中心に、嚥下機能改善手術の「喉頭蓋管形成術」についてもお話しします。
嚥下障害の方で手術が必要な人の割合は、実は多くありません。しかし手術しなければ嚥下障害を克服できない人がいます。言い換えれば、手術をすれば克服できる人がいるということです。これは忘れないでください。
近年肺炎で亡くなる方が増え、2011年は死亡原因の第3位でした。高齢者肺炎のほとんどは誤嚥性肺炎です。予後不良の要因は、超高齢であることや寝たきり、全身状態不良、意識障害など。在宅生活をめざしても、誤嚥・窒息への恐怖、頻回な吸痰処置、食事の介助などが家族の大きな負担となって、家で看ることを難しくしています。
■誤嚥性肺炎は治せる
多発性脳梗塞の後遺症で誤嚥性肺炎を反復していた男性の症例をご紹介します。73歳のとき脳梗塞で右片麻痺、全失語、右顔面麻痺、舌下神経麻痺、肺炎から腎不全になり、意識障害が遷延して胃ろう造設。リハビリと移行食で退院しましたが、その後も誤嚥性肺炎や転倒などで入退院をくり返し、30°左下一側嚥下で退院になった後、奥さんは毎日つきっきりで介助しましたが誤嚥を制御できず、リハビリしても肺炎を反復して全身状態が悪化。79歳で誤嚥防止手術をしました。全失語で4年以上生活されており、声を失うことの受け入れは比較的良かったです。局所麻酔で声門閉鎖術を行い、1週間後には水を飲み、2週間後に固形物、好きなものを何でも食べられるようになりました。手術から約2年経過しましたが、誤嚥を完全に制御することで全身状態が安定し、“病院いらず”に近い生活ができています。
この方は誤嚥自体はわずかでも、肺炎を必発してしまうくらい慢性的な心不全、呼吸不全がベースにあり、就寝中の胃食道逆流や不顕性誤嚥があったのだろうと思います。こういう場合、リハビリをしてもなかなか解決できません。不可逆的な病態が妨げになり、さらに持続性の唾液誤嚥になると、治療に限界を感じて積極的な治療が勧められなくなります。でも実際には誤嚥性肺炎は治すことができる、それが誤嚥防止手術です。
■局所麻酔で行う声門閉鎖術
誤嚥防止手術は、気道と食道を分離して誤嚥を防ぐ手術です。喉頭摘出手術や気管食道吻合術、喉頭気管分離術などがあり、私が行っているのは声門閉鎖術です。声帯、仮声帯のレベルで縫って閉鎖し、手術浸襲が少ないことがメリットで、私は全例、局所麻酔で行っています。
こだわっているのは、誤嚥防止だけでなく、食べられるようにすること。手術の際に一緒に食道の入り口を締めている輪状咽頭筋を切り離し、嚥下する前から食道の入口が開いている状態にして通りを良くします。全身状態が不良でも適応が広く、超高齢だから、呼吸機能が低いからなどと手術を断ったことはありません。ニーズがあれば断らない手術と位置づけています。
手術後は、永久気管孔が唯一の呼吸の通り道になります。大きい方が呼吸が楽なので拇指頭大につくり、カニューレがいらないようにしています。カニューレがないことで気管孔のトラブルを減らし、カニューレ交換のための通院など患者さんの負担も軽減できます。
■患者さんのニーズをふまえる
全身状態が悪く、しかも局所麻酔で手術に耐えられるのかよく聞かれます。手術前の患者さんは、波が荒れ狂い、誤嚥が豪雨のように降り、肺が汚れて痰が湧き出てくる海を航海する船のようなものです。症状が落ち着くのを待っていては、船は壊れて沈没していきます。たとえ肺炎で熱があり、呼吸状態が悪くても、私はすぐにでも手術します。
もう治療は無理と思われ、生きる意欲を失ったように見える患者さんでも、誤嚥さえ制御できればどうなるかという視点で見極め、患者さんの底流にある、口から食べたい…などのニーズをふまえて考えることが大切です。
誤嚥防止手術の適応は、●嚥下機能改善手術では改善が期待できない。●音声機能等の喪失を患者・家族が納得している。…これらは当然の前提ですが、以前にはなかった考え方として…●誤嚥がなくなれば経口摂取が期待できる。●気道管理が楽になれば在宅生活が期待できる。●反復性誤嚥性肺炎に瀕し、救命が必要である。…といったことがあります。経口摂取や在宅生活ができるようにしようという、ポジティブな手術適応へ考え方が変化していることは喜ばしいと思います。
■誤嚥を制御し、よりよく生きる
慢性期医療現場(福島県の慢性期一般病院)における誤嚥防止手術患者の予後(2006〜2010)をみると、60症例(男37:女23/平均76歳/最高齢90歳代)の現在の転帰は、退院・入院中の方と亡くなった方がほぼ半々です。
死因で肺炎死が2例ありました。これは手術前の時点で肺膿瘍になっており、誤嚥は止まっても、肺から湧き出る痰が多い状態が続いていました。時間経過とともに進行する疾患の場合、肺が汚れきる前に誤嚥防止手術をすることが大切で、そのタイミングを逸しない努力が問われるとも言えます。一方、存命の方の半数以上は退院しています。誤嚥防止手術により肺炎死亡率は抑制でき、50%以上は退院をめざせるということです。
誤嚥防止手術によって失うのは、まず音声、そして風味。鼻呼吸をしないと気道を加湿できないので保湿も必要です。また胸部内圧を上げられないのでいきみができず便秘になりやすいですが、これらはまわりがサポートできることでもあります。私の患者さんでは、声を失っても食べられることがうれしいという人がほとんどです。残念ながら誤嚥防止手術が食べることに直結しない場合もありますが、呼吸器系の負荷を楽にできることだけはお約束できます。慢性期の重度嚥下障害であっても、誤嚥さえ制御できれば、よりよく生きられる可能性がある…そこに価値を求める人が誤嚥防止手術の適応になると思います。
■声を温存し誤嚥を防ぐ喉頭蓋管形成術
声を温存しながら誤嚥を防ぐ「喉頭蓋管形成術」の症例をご紹介します。慢性心不全で多発陳旧性脳梗塞、誤嚥性肺炎を反復していた85歳の男性で、誤嚥防止手術をすることになりました。声を残したいと希望され喉頭蓋管形成術(全身麻酔)で対応することにしましたが、麻酔科からドクターストップがかかりました。本人は死んでもいいから声は失いたくないとのことで、全身麻酔をかけてくれる病院を探して、私が出向いて手術しました。術後2年経った今は座位で普通食を食べ、何事もなかったように生活されています。
本来、喉頭は気道防御の組織でしたが、人は音声機能、しゃべる機能を発達させるかわりに気道防御を犠牲にしてきました。声帯が自由に動けるスペース(喉頭の後ろ側のすき間)を確保して声の表現力を進化させたため、そのすき間から誤嚥しやすくなりました。喉頭蓋管形成術では、この後ろ側の弱点を縫い上げていきます。縫い上げた先端に少し穴をあけておけば声も出せます。穴は狭くて呼吸が苦しいので永久気管孔をつくります。練習が必要ですが、気管孔を押さえて明瞭な発声ができ、カラオケで歌も歌えます。
よい適応としては、音声機能が保たれていて、しゃべること、食べること、いずれにも意欲が高いこと。全身麻酔の手術を乗り越える意欲もあり、高次脳機能障害や認知症がなく、著しい構音障害もないこと。また気管孔を自分で塞いでしゃべるには、上肢運動ができた方がよいと思います。私がこだわっているのは喉頭蓋管の先端径のサイズです。狭ければ誤嚥をせず何でも食べられますが発声できない。広ければ発声しやすいけれど誤嚥する。この間のどこをとるか、患者さんの発声のニーズや全身状態を考えて選択しています。
■誤嚥防止手術のこれから
現在、浜松市リハビリテーション病院では慢性期の医療施設からも患者さんを受け入れ、誤嚥を制御できるようにして、状態が安定したら慢性期施設へ戻るという双方向性をつくっています。また在宅をめざしたい方には、状態が安定した後も引き続き生活指導をしながら退院をめざせるようサポートしています。
今後、呼吸器系のQOLの向上が認知されて、患者さん側から誤嚥防止手術を希望するケースが増えてくると思います。そうなると、発声機能の代償的なコミュニケーションのサポートなど術後のケアの充実が必要です。また気管孔があっても敬遠されないような、術後の患者さんを受容する環境を整えていくことも大切です。
一方、年金の不正受給などのために家族が延命を求めて誤嚥防止手術を希望するケースなどが懸念されます。また病院経営のために保険点数が高い嚥下機能手術を行うようでは困ります。誤嚥防止手術は、食べたいという患者さんのモチベーションに突き動かされて行うものだと思います。悩ましいのは患者さん自身の意思がよくわからない場合ですが、私たちは臨床倫理カンファレンスなどを行い、手術適応の倫理的な問題にも取り組んでいます。
■最後に…
神経変性疾患の多系統萎縮症のような進行性の病気で、誤嚥や全身状態が次第に悪化して肺炎死亡のリスクが高い場合、私は早い段階で誤嚥防止手術という方法を患者さんやご家族に話します。手術しましょうということではなく選択肢として、重症に追い込まれてからではなく、早いタイミングから話し合っていくことが大切だと思います。
私の仕事のほとんどは、リハビリや機能訓練で患者さんを食べられるようにすることです。手術は仕事の一部ですが、手術しなければ克服できない方を支えています。「この人は手術できないだろうか…」と私たちが患者さんのニーズをくみとることから誤嚥防止手術は伸びていく。患者さんのニーズのキャッチ力に、誤嚥防止手術の今後がかかっていると思います。
◆質疑
Q:北陸また全国的に誤嚥防止手術をされる医師はどれくらいおられますか。
A:北陸では福井県済生会病院の津田豪太先生が思い浮かびますが、耳鼻咽喉科医であれば誰でも手術できると思います。手術をする医師には、手術で誤嚥を止めて終わりではなく、術後のQOLの改善や生活指導など、術後の価値にこだわっていただきたい。手術を依頼される方は、患者さんを支える環境の充実を大切に、術後のライフスタイルのデザインを描いた上で耳鼻咽喉科医に頼むとよいと思います。
Q:声を失うことで、うつなどが進むことはありませんか。
A:誤嚥防止手術の音声喪失によるうつ症状はあると思います。声を喪失する感覚は、非常に繊細に考えなくてはなりません。しかしそうした症状は、身体の状態が楽になり、何でも食べられるようになるとともに自然になくなるように感じます。抑うつ状態として薬を使うのではなく、食べることを支え、生活環境を充実し、ポジティブなサポートの環境をつくることが、抑うつ症状の軽減・緩和につながると思います。
Q:多発性脳梗塞などでいろいろな機能が低下していく高齢の方に、嚥下防止手術という選択肢を言うべきでしょうか。北陸ではリハビリや手術の環境もあまり整っていないと思いますが。
A:訓練やリハビリの環境が整っていないなら、私はむしろ手術について話すと思います。私は今はリハビリ病院にいて、急性期病院から来る患者さんには、まず機能回復に重点をおきます。しかしリハビリの環境が充実していない状況で、たとえば苦労して訓練してもゼリーが食べられるようになる程度なら、手術してすぐに何でも食べられるようになる方がうれしいという人もいます。そこは患者さんのニーズなのです。訓練で回復に努めたい人には訓練をサポートし、声よりも食べられる方を選ぶ人には手術を考える。誤嚥防止手術の適応は、患者さんの病態や分類ではなく、患者さんが生きる場所や環境、その方のニーズによって変わるということです。