塩爺があれよ、あれよという間に逝ってしまった。玄関でばったり会って、お茶でも飲もうと2階の食堂に誘ったのが1週間前。疲れた表情ながら、2階の食堂まで階段で登れないとエレベーターを使ったが、缶入りの日本茶を啜って、大阪の話をした。塩爺が戦後起こしたスーパーは、業態を代えながら生き延びて、息子が阪急地下食堂街に出店している。百貨店の地下売場は多くの人で賑わうが、変化、競争が激しく毎日が勝負という職場で気が抜けない。百貨店の要求もきついと、いつの間に経営者の顔になっていた。この5月から大阪駅に伊勢丹が店を構え、大きく変貌しているので、1回見にいかんといきまへんな、と喋ったところであった。
命のはかなさ、といえばそれまでだが、病床にある愛妻を遺して、先に逝ってしまったのである。愛妻を介護し、最後は自分が看取ってやらねば、と思っていたのが、逆転したのである。思い残すことが多かったと思う。
波乱に富んだ人生は塩爺を強くしたが、自分の店を存続させたい思いは、ついつい継承した息子への強い期待と愛情となっていった。男尊女卑という偏見の罠である。娘さんはやはりおもしろくない。そんな場面もあり、心配したが、その確執も今となれば、すーっと氷解したようだ。
標題は「ろうしょう・ふじょう」と読む。老いているから先に逝くとは限らない、年若いからと後に残る、とは限らない。命のはかなさを指している。いのち、不定なのである。