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心象の絆

ものがたりヘルパーステーションのスタッフと毎週月曜日に、患者さんの情報共有という名目で、話をする時間を作ってもらっています。
その中でいつも一つ質問を受けるのですが、今日の質問は「心象の絆」と私が使っている意味が知りたいということでした。
現時点での考えをお話ししました。その内容をせっかくですので書いてみました。
興味ある方はお読み下さい。

 

 

 

心象の絆

「心象」とは、私たちの内面にある、個人的な感情、記憶、経験に根ざしたイメージや感覚のことで、単なる視覚的な像ではない。意味や感情が深く結びついた、主観的な世界である。
一方で「絆」とは、理性や契約を超えた、非言語的な他者との結びつきのことである。
この二つの言葉を組み合わせることで、「心象の絆」は、論理や言葉だけでは説明できない、意識の深い層で他者とつながろうとする人間の営みを表そうとした。

 

1. 共通の心象が結びつける共感
私たちは、同じ文化や歴史、あるいは特定の体験を共有することで、似たような心象を抱くことがある。

例えば、ある音楽を一緒に聴いたときに心に生じる熱い想い、久しぶりに帰った故郷の風景を見たときにホッとする想い、言葉にするのが難しい心の動きを、他者と共有していると感じる瞬間がある。
このような共通の心象は、言葉を介さずに、あたかも魂が共鳴し合うかのような深い共感と連帯感を生み出します。

これは、カール・ユングの「集合的無意識」の概念にも通じる、人間の意識の奥底にある共通の基盤から生まれるもの(絆)と言える。

 

2. 表現としての心象と他者への伝達
私たちは、自分の心象を他者に伝えようと試みる。

詩や絵画、音楽、あるいは何気ない一言にも、その人の内面にある心象が反映される。

この表現の試みは、単なる情報の伝達ではなく、自己の内なる世界を他者と共有しようとする能動的な行為である。
例えば、作家が物語を紡ぐとき、それは個人的な心象を言葉に変換し、読者の心に届ける試みである。

読者はその物語を通して、作家の内面に広がる心象を追体験し、共感や感動を覚える。

ここに、「表現と受容」という形で「心象の絆」が生まれる。

 

3. 他者の心象への応答と倫理
「心象の絆」の最も深い側面は、他者の心象をありのままに受け入れようとする倫理的な態度にあります。

私たちは、他者の言葉や振る舞いから、その人が抱える喜びや苦しみ、希望や不安を想像し、共感しようとする。
これは、エマニュエル・レヴィナスの他者論における、言葉以前の「他者の顔」を見て、その存在を受け入れるという倫理的な責任と重なる。

自分の意識の枠に他者を当てはめるのではなく、その「異他性(alterity)」を尊重し、心象の伝達を試みる他者へと開かれること。

そこにこそ、真の絆が芽生える。
「心象の絆」は、論理的な思考や表面的なコミュニケーションが支配する現代社会において、見失われがちな人間関係の根源的な側面を指し示している。

言葉の限界を超え、互いの内面に触れようとする、人間特有の尊い営みではないか。。

 

 

佐藤伸彦

 

 

心象の絆


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