科学や合理性が前面に立つ世の中では、非合理的とも受け取られがちな祈りが軽視される局面もあるが、一方で祈りは間違いなく人間の営みの中核をなす行為の一つだ。
それを無視することは、私たち自身に宿る一部を否定することと同義ではないか。
祈りには、言葉や論理的な説明を超えた感覚を持つ力がある。その目には見えない力こそが「人間らしさ」を支えているのかもしれない。
祈りとは人間が内省しつつも、外の世界や他者と交わろうとする営みで、それは単なる慣習や儀礼を超え、私たちに生きる意義や希望を提示し得る深い行動である。
祈りが誰に向けられ、どのように成されるかは個々人の価値観で異なるが、その本質には常に「何か超越的な存在と結びつきたい」という人間の根源的願望が隠されている。
佐藤伸彦



