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研修医

大学医学部6年の勉強を終えて医師国家試験に合格すると研修医となる。
2年間、希望の研修先で、医師の実地指導を受ける。
無給であったこともあったが、給与も当然ながら支給される。

希望の多い東京中心の病院は安く、希望の少ない医師不足の地方の方が高い。
女医の卵であるIさんは、この4月から富山大学病院で研修医として励んでいる。
彼女は総合医療科を目指しており、研修先を選ぶにあたって、ナラティブホームを訪ねて、佐藤理事長からアドバイスを得ていた。

ひょんなことから再会することができた。
ちょっぴり疲労感がにじむ。
それも当然で、この4月から休んだのは1日だけ、朝6時過ぎから10時過ぎまで働き、泊まり勤務もある。
呼び出しがあるため、携帯は睡眠時も枕元に置いている。
また、あの処理は間違いなかったのだろうか、と夜中にふと思いつくこともあり、そのまま病院に駆けつけたこともある。
まったく気がぬけない。
その上に、彼女には4年生の男の子がいる。
母上に世話をしてもらっているが、多感な時期ゆえにその面でも気が抜けず、時間をやり繰りしてはスキンシップを欠かさないことにしている。

医師が1人前になるには10年必要、というのが佐藤理事長。
まして、総合医療は経験がものをいう。
彼女には、まだまだ大変な苦労が待っているということになる。
日本の医療は彼女みたいな犠牲のうえに成り立っている。
素直に「頑張ってね」とはいえなかった。

大切な「命」「いのち」を守ります。
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限界集落

「分け入っても分け入っても青い山」
俳人・種田山頭火がボロの僧衣姿で、汗を拭きながら山道を歩いた時に、ふと思い浮かんだという名句である。
そんな表現がぴったりするところに砺波・栴檀山農村集落センターがある。
7月16日そこに出張して特定健診を行なった。
受診者は12人、平均年齢80歳は超えている。
ほとんどが顔見知りで、あいさつに始まって、おしゃべりが尽きない。
「あれー、保険証忘れてきた」といえば、振興会長が車で取りにいってくれる。正午に到着する巡回バスでやってくる人が最後で、帰りはこれも会長さんが送るという。
これほどあたたかい健診風景は全国でも珍しいと思う。

187世帯、人口500人だが、半数が65歳以上で限界集落とされるが、ここ栴檀山では75歳以上が150人を占める。
しかし、見るからに健康である。
腰をかがめながらも畑作業は日々欠かさないし、地産地消を地でいく食事は、生活習慣病とは無縁といっていい。
医者要らず、と医者の前でいうのだから、苦笑するしかない。一人当たりの医療費は群を抜いて低い。
過去帳を見ると江戸中期に開墾の為に入植しているという振興会長は「10年で半減し、20年後には消滅するしかないと思っていますが、それでもここで頑張るしかないし、これほどいいところはありません」と、顔はすずやかだ。
日本の山間地はどこも同様な状態にあることは間違いない。

ものがたり診療所庄東は、この栴檀山、栴檀野、般若、東般若の庄東4地区からの強い要望で4月にオープンした。
新しい地域医療のモデル地区を目指すものだが、“医者要らず”の理想的なピンピンコロリがあってもいいと思う。


刑務所の中のレストラン

こんな話が舞い込んできた。
ロンドン郊外にあるハイダウン刑務所の中にレストランがあるという。

2009年にオープンの「ザ・クリンク」。
フォークとナイフはプラスチック製で凶器にならないように配慮され、入れ墨、ドレッドヘアの男達が接客し、厨房では不慣れな手つきで鍋を振るっている。
麻薬売買などで収監された約1,100人の受刑者が服役しているが、出所してもすぐに戻ってくることで頭を痛めていた。
劣悪な家庭環境と教育、そして貧困。
すぐに社会からはじかれてしまう。
これを何とかしたいと思い立ったのがシェフの育成プロジェクト。
全英の富裕層に呼びかけ、8000万円以上の寄付が集り、スタートした。
五つ星レストランに合格できるシェフを育てようと、刑期1年以上の受刑者を選抜し、レストランで使う家具、野菜も敷地内で作っている。
とにかく時間がたっぷりあるので、教育のしがいがあるというもの。
座学は苦手だが、手を動かすことや感覚はとてもいい、加えて集中力もあるということで、隠れた才能がうごめき、めきめきと上達する者が多い。
そんなことで、とてもおいしく、評判が評判を呼んだ。そして、今年の外食部門のオスカー賞にノミネートされているという。

その結論だが、食堂経営を刑務所に任せたらどうか、という話だった。スタッフの反応は「? ? ?」。


消えていく歴史

シベリアで抑留生活を経験した94歳のMさんが息を引き取った。
男らしいというか、潔いというか、見事な死だった。
立ち会ったスタッフの実感である。
「もっとゆっくり話を聞きたかったね」

Mさんは、家族にもシベリアの話を話さなかったという。
戦後、満州から酷寒の地に抑留されたのは60万人。
シベリア開発の労働力として、白樺の木々を伐採し、鉄道線路を敷くものだが、黒パンひとつに、薄いスープ一杯で酷使された。
6万人が寒さと飢えで亡くなっている。
引き揚げてきても、Mさんもこれはという仕事に就いたのは40歳の時からである。
どれほどの悔しい思いがおおいかぶさっていたか。多分、そのことを口にしたら、自分が壊れてしまうのではないか、と思っていたのかも知れない。
「それでも、いい家族さんだったね」
「孫が病院では見せない笑顔を、この部屋で見せてくれたと喜ばれた時は、うれしかったな」
「庭の盆栽の手入れも好きだったらしいね」
「でも、胸が張り裂けそうな記憶をしまいこんで、生活されていたと思うと、悲しい気持になるね」

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大地震

「ここで地震が起きたら、どうなる。みんな運び出せるかしら?」。
スタッフルームの話題もいつしかそんな会話になる。
それにしても、とんでもない災害が起きてしまったものだ。
死者・行方不明が3万人に達しようとしている。
そして、避難所で亡くなる高齢者も数えきれない。
地震、津波、原発の放射能漏れ。
果たして、この砺波で予想される災害は何か。

まず地震だけど、ここだけは安全ということはないからね。
でも「ものがたりの郷」は新築したばかりで耐震構造は万全と聞いているし、火災は最新のスプリンクラーが設置されているから、大事にはいたらないという話よ。
それよりも、庄川堤防決壊による洪水の可能性が高いのでは。津波みたいにはならないけど、鉄砲水ということはあるよ。とにかくもの凄い勢いでくるらしい。

ところで誰が一番頼りになるかね。口だけの副理事長はダメね、電話しても二日酔いで出て行けない、ということも考えられるしね。
「私達に出きることは、きょうの仕事を頑張ることしかないのよね」。
それが結論か、もらったケーキがあるから、それを食べてからにしない。
「このダラども!この有事に何のんびりしている。東北のことを考えてみろ!」(副理事長)。


涅槃団子

お釈迦さんの命日である2月15日に涅槃団子が作られる。
お寺の本堂で、お参りに集った善男善女に向けて、袈裟をまとった住職が法事のあとにばら撒く。
これを拾って持ち帰り、家族でそれぞれ口にすると、一年の無病息災が約束される。
涅槃団子を毛糸にくるんで、子供のランドセルにぶら下げてお守りにする家も多い。

その涅槃団子が回りに回って、ものがたりの郷談話室にもやってきた。
「これはやはり、最も信心深いMさんにおすそ分けしよう」と一致した。
ベッドの傍には、名僧の本が必ずある。
お寺との関係も大事にされている。
病を得ても乱れを見せないのは、そんな信心のお陰かなと思っている。

「あたわり」というのは富山弁だが、お釈迦さんの教えをよく表現している。
運命づけられている、という意味。
生もあたわりなら、死もまたあたわり。
「なーん、みんなあたわりながやちゃ」としばしば煙に巻いてしまうが、この心地いい響きは、越中真宗門徒のこころの響きといっていい。
自分ではどうしようもないことは、悩まずに受け入れてしまう。そして、とにかく前を見る。Mさんの到達したい悟りというのはこんなものかなと想像している。

焼いたばかりの涅槃団子を口に放り込んで、はたと思う。
生まれてくることも、死んでいくことも、自分でままならないのに、他のことが自分の意のままになるわけがない。
まさにその通りではないか。
われわれも、つまらないことで悩んでいないで、「あたわり」を合言葉に励まないわけにはいかないのだ。

ところで、「生老病死」「四苦八苦」を講演の枕詞で使うわが理事長は、医師にして仏教信者か否か、今度聞いてみよう。


長谷川式認知症診断テスト

「すごい!満点ですよ。もっと若ければ、東大合格間違いなし」
「何言うとっがいね。今したこと、もう忘れとっがいぜ」

自分が認知症になったら、どうしよう。
こんな不安に押しつぶれそうということで、任意後見が可能かどうか、司法書士にお願いした。
この司法書士から、認知症の診断が必要ということで、長谷川式認知症診断テストを受けてもらったのである。
その結果が満点。
司法書士から、私の出る幕ではありませんと笑って帰られてしまった。

Hさんは旦那さんも亡くし、姉妹も高齢ということもあり、実質的に自分しか頼れないと思っている。
そんなこともあり、心配は尽きない。
心配するだけの能力があり余っているといっていいかもしれない。
地頭がいいのである。
認知症の患者数は200万人を超えるといわれる。
この対策こそ大きな課題であり、きめ細かな対策が求められている。
ちなみに30点満点で、20点以上が異常なし。
16~19点が疑いあり。
11~15点が中程度の認知症。
5~10点がやや高度の認知症。
0~4点が高度となる。


言葉が出て来ない

「ものがたりの郷」の第1号入居者の男性Kさんは、筋萎縮性側索硬化症(ALS)を患っている。
10万人にひとりといわれ、手足・のど・舌の筋肉や呼吸に必要な筋肉がだんだんやせて力がなくなっていく病気だ。
75歳だが、通常の生活ではいつも笑顔で、快活そうに見える。女性スタッフには冗談もいって、決して弱音をはかない。
心を許すのは、男性看護師のO君。男同士ということもあり、「君はこんな病気にかかってないから」と時に厳しいこともいう。

O君の悩みは、慰めの言葉を捜すのだが、どれも安っぽく、嘘っぽく、言葉が出て来ないこと。
1月3日、娘さん一家がやってきて外食に出かけることになっていた。
いつもの紙パンツを布のものに履き替えて、弾んでいるのがよくわかる。
パンツの位置もほぼ腰骨の数センチ上と決まっているのだ。元国鉄マンだけに几帳面でもある。
ニコニコと手を振って出かけたのはよかったが、ちょいと好きな酒を呑みすぎたのか、トイレが間に合わなくなり失禁してしまった。
せっかくの外出が惨めなものになってしまったのである。帰ってきてから、O君が世話をしたのだが、やはり言葉が出てこなかった。

昨秋、好物の鮎で一杯やろうとスタッフ5人と居酒屋に繰り込んだ。
両手で冷酒を拝むように何杯もお代わりをして、スタッフの心配をよそに酩酊寸前までいったしまった。
この時もそうだったのだが、スタッフという安心感からか落ち込むことはなかった。
家族というと、やはり惨めなところをみせたくないという自分の矜持というものが複雑にからむようだ。

ナラティブホームの原点は、言葉だけではないコミュニケーション能力、いわば深い人間力を身につけないといけない、とO君は悩みつつ、成長を期している。

 

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クリスマスパーティー

大阪商人も宵越しの金は残さない。きょうはミナミ、あしたはキタ、いや京都・木屋町の茶屋遊びまで、粋な遊びをやってきた。
そんな粋を身に付けている小柄でダンディなSさんは82歳。ナラティブから定期的な訪問診療、訪問看護、訪問介護の契約をいただいている。

 
戦後の混乱期を腕一本でくぐり抜けてきた。みんなが裸一貫で横一線。商売にプロもアマもない。
今日を生きるのに精一杯だから、これはと思ったことはすべてやってきた。
小さな小商いなら、スーパーへ。
それが3店舗となり、売り上げは急上昇。
しかし、勢いだけでは商売は続かない。経営の勉強などしたことがないから、労務管理とかマネジメントが付いていかない。
「スーパーからニワトリの養鶏まで手をひろげましたがな。おもしろかった。いい時代でしたがな」と笑顔での回想談である。

大阪の店をそれぞれに譲って、奥さんの出身地である砺波で余生を過ごそうと住宅を求めたが、その矢先、奥さんが病に倒れた。
最初は「ものがたりの郷」に入居されたが、居住性などを考えられて、今は、愛妻と「ちゅーりっぷの郷」に住んでいる。

そんなSさんから、大きなケーキを買うから、クリスマスパーティをやろう、と声がかかった。
12月18日、われらが談話室に特製手作りの鍋料理を並べてのパーティとなった。
入居の方、家族、わがスタッフの子供達でにぎやかさでは他に負けていない。
ここは病院、施設ではないので、ビール、吟醸酒なども取り揃えてる。

Sさんのあいさつ。「ほんとうにここに来てよかった。心からみなさんにありがとうといいたい。」
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